「心に残るロータリアンの言葉」

【第45回】

       

                                  

中井 義尚会員

「出席と親睦と奉仕との関係」−その1                   
 この春、268地区(現2680地区)、但馬分区で行われましたIGFで「素朴な質問」と題するアンケートが出され、その中から幾つかを選びご一緒に考えて行きたいと思います。     
 (1)出会いとは何か、(2)親睦とは、(3)例会とは、(4)何のために例会があるのか、(5)何故毎週例会を開かなければならないのか、(6)何故例会に出席しなければならないのか、(7)奉仕の理想とは何か、(8)奉仕について、(9)ロータリアンとして例会出席以外に日常何を成すべきか、以上のテーマについてお話します。   
(今回は1〜3について、その他は次週にまとめます。)              

 (1)出会いですが、井伊直弼は茶の湯「一会集」の中で「一期一会とは一生涯においてただ一度の会合である。一期一会とは邂逅の凝視である。つまり巡り合いを見つめることであると言ってます。人生は全て出会いであります。出会いの会いは愛情の愛であります。社会の一人ひとりが思いやりの心を持つ。その心こそ出会いの愛であります。         
 (2)ロータリーは親睦が大事だと言われます。ロータリーの本体は一言で言えばFELLOWSHIP FOR SERVICE=奉仕のための友情と言えましょう。毎週1回の例会において無意識のうちに人格が改善されて行きます。その改善のエネルギーになる心を親睦と呼んでいます。お互いに例会に出席することを通じて何がしかのものを学ぶ。このような自己研鑽によってロータリアン自身が育ち、磨かれて、例会から職場へ、地域社会へと戻って行くのであります。終生の友とは何でも語れる友、何を言っても誤解しない友、そしてピンチに遭遇した時離れずにいてくれる友達のことだと思います。    
 (3)例会とは−世界中のR.C.は必ず週に一回一定の日時に一定の場所で例会を開くことを定めています。例会出席は会員としての資格を維持するために必要な最低限の条件です。   
 例会は畑であります。クラブに集まる人は愛という土を持ち寄ります。クラブの週報に載る情報は鍬です。会員は土の中の細い根であり、根の部分ではクラブ業務が行われ、幹では理事会が栄養を取捨選択します。色々な決まりは小道具であり、道具で樹は整えられます。ロータリーは樹木であります。米山奨学会、ロータリー財団はロータリーの舵であります。新入会員の最初のクラブ活動が例会への出席であり、ロータリアンとしての第一の義務であります。例会はロータリー精神の生産の場であり、ここにロータリー精神に基づいた親睦が誕生し、ロータリーが始まると言えます。    

          辻忠夫(豊岡R.C.)第2680地区DPG (1991年ロータリー研究会より)