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〜会長の時間3月〜
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皆さん今日は、やっと暖かくなりましたね。3月の暦がスタート、
春は浮き浮きですが、花粉症患者にはうっとうしい季節となります。
さて、今月のロータリー特別指定月間は「水と衛生月間」です。ロー
タリーの友3月号には特集記事が掲載されています。
先週末2月27日〜28日にかけて和歌山市にて2640地区の地区大会が行われました。登録者数は地区外会員・ご家族41名、地区会員971名・ご家族6名・ロータリーファミリーが32名合計1050名でした。当クラブからは9名登録致しました。
27日の第一日目は午後からの開催で講演のあと選挙人会議が開催されました。地区内70クラブの内、欠席クラブは8クラブ、選挙人数は77人。議長には串本RCの矢倉甚兵衛氏が選任され、あらかじめ各クラブに通知されていました議案が順番に審議が行われました。第3号議案につきまして、岡本ガバナーノミニーから詳細の説明が行われ、引き続き質疑応答が行われました。審議の結果、第1号議案から7号まで、反対者なく議決承認されました。18時からはRI会長代理松本祐二ご夫妻歓迎晩餐会がホテルアバローム紀の国で行われ約160名が出席、当クラブからは私と岡本幹事が出席致しました。
28日の二日目は、9時半開会、辻ガバナーから地区現況報告、そしてRI会長代理松本祐二様からRI現況報告がございました。松本様は辻ガバナーと2014〜15年度同期ガバナーで、島根県は益田西RCの会員です。内科医で江戸時代からの医師の家系だそうです。引き続き、大会記念講演として千 玄室様から「もっと世界をみつめ直ほそう」のテーマでお話がございました。千様は現在92歳、京都RC会員でロータリー歴60年、皆出席だそうです。様々な観点のお話の中で、RI理事であった当時の諸問題、そして決議23−34にも触れられました。皆さん、個々には、I
serveをそしてクラブでは纏まってWe serveを心掛けて戴きたいと述べられ、1時間のご講演でしたが含蓄あるお話でした。
午後からはアトラクションの後、各種表彰がございました。我がクラブも使途指定寄付(ポリオ・プラス基金)への2014-15年度クラブ年間寄付金10,865ドルに対しての感謝状をロータリー財団から戴きました。そして、大会登録の報告、選挙人会議議長・矢倉氏から選挙人会議決議報告がなされました。
RI会長代理松本様からの講評の中で地区の再生に向けて地区内会員のご努力をお願いしたいこと、そして30年に渡るポリオ撲滅運動をさらに推し進める為のご支援をお願いしたいと述べられました。最後に、全員で「手に手つないで」を合唱し地区大会は終了しました。
次年度地区大会は堺市でございますので、是非多くの会員のご参加を望みます。
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2016年 3月11日 第1913回 |
皆さん今日は、ご機嫌は如何でしょうか。昨夜まで「会長の時間」冒頭にはこれを話そうと考えていましたが、やはり震災の事を話さねばと思いました。
2011年3月11日、午後2時46分東北地方をマグニチュード9の大地震が襲いました。当時、私は車中ラジオで地震の報道を聞いておりましたが相当大きな地震だなと。時間が経過する事に詳細が大きく知らされました。津波被害とそして福島原発の状況が時々刻々と報道されます。あれから丸5年、復旧と復興の遅れが指摘されています。私は二度被災地を訪れました。一度目は2012年10月に商工会議所の会員と、仙台、石巻を訪れました。当時の写真を改めて見ますと凄いことが起きたのだと思いました。丁度、仙台で奥会員の仕事関係である保険会社社員の方とお話が出来、その方は阪神淡路大震災も体験し、この仙台の勤務地でも大地震を体験、死ぬかと思いましたとお話されました。二度目は2014年4月に会員の皆様と福島は郡山アーバンRCを訪問したときに被災地を訪れました。仙台空港で、ロビーの柱にここまで海水が来たことが知らせるシールが張られていました。そして郡山市の北部、二本松市、三春の桜、そして福島県最南部地域、いわき市まで被災地を訪れました。車中からは放射能で汚染された土壌を入れた黒い袋が数多く積み上げられているのが見えました。原発の問題は日本各地で原発運転再開に反対の住民訴訟問題が起こっています。政府は原発運転再開の方針を変えていません。原発は必ず核廃棄物を生じるわけですがこの処理の根本問題を解決しないままの状態が続いています。被災当初の避難生活者は46万人、今日現在、17万4000人の方々が避難生活を送っておられます。近畿2府4県では自主避難で2669人が、大阪府には699人が避難生活を送っておられます。
大津波ですが、私の会社は海抜6メートルに立地しビルの高さが12.5m、屋上の広告塔を建てている屋上建屋で15mあります。ここまで津波がやってきたのかとまさに驚きです。
さて、いつもの勉強をしましょう。
◆これがロータリー(26)◆
追加クラブ(Additional Club)─
Rotaryで最初に出来た追加クラブは1914年のことだ。当時Rotaryでは都市に追加クラブを結成するために区域を割譲することは禁止されていた。所が1914年Texas州Houstonの国際大会でNew York市の5つの区の1つであるBronxに新クラブを設立するために特別の定款改正が初めて採択されて特例としてNew York市の5つの区に夫々1つのクラブ設立を認めることを除いては各地域には唯一のクラブのみと云うことになった。その後Bronxに出来たClubの利点が段々判明して来たので、1922年Los Angelsの大会で同様の要求が提案され、その結果Los Angels R.C.はSan Pedro Clubのsponsorとなった。この時R.I.の定款は人口百万人以上の都市においては、若し元Clubが承諾するならばそこに追加Clubの設立をみとめると云うことになった。
次いで1933年Bostonの大会でその人口の制限がなくなり、1943年Saint Louisの大会で「元のClubは新Clubの区域からも、その会員の事業活動が全市に及ぶものであればその人を会員にすることが出来る」と云う元Clubの優位性を認めたのである。これは現在R.I.細則第1条第1節(ロ)及び(ハ)の項に示されている。本件については1980年度の規定審議会でRotaryの民主的精神の立場から元Clubの特権は撤廃すべきだとする提案があったが否決された。追加Clubの利点は多々あるが「会員を増加させ易いこと」がその1つだ。現在英国London地区にはLondon Clubを含めて47Clubあるがその追加46Clubのために2千数百名の会員が入会し得たのである。Los Angelsの場合もSan Pedro Clubの結成以来追加Clubは地域内に37Clubが結成されており、1922年当時Los Angelsの会員249名は現在567名であるが、地域の追加Clubの会員数は2000名以上に達している。追加Clubの最も多い国は米国で約200Clubあり、次は日本である。東京Clubは現在33の追加Clubがあり尚続々増えつつある。
R.I.は追加Clubの結成によって会員増強に力を入れており、区域分割制限の緩和、同一区域内に2階、3階建方式で追加Clubの結成を推進しているので今後は益々増大するものと予想される。
和歌山ロータリークラブ 小 中 義 美
◆ひと口基礎英語◆
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