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『「がん」を知る』 |
仲 本 剛 会員 |
平成18年度の厚生労働省人口動態統計による日本人の死亡原因は悪性新生物がトップで、次いで心疾患(心筋梗塞など)、脳血管疾患(くも膜下出血、脳内出血、脳梗塞)である(図1)。
悪性新生物とは、「がん」とほぼ同じ意味で使われていて、これによる死亡率の増加要因は
1.平均寿命の延びに伴う高齢者人口の増大
2.感染性疾患による死亡率の減少
3.環境や生活習慣の変化
4.診断精度の向上
などが考えられる。老化と共に細胞のがん化も増加する。結核などの感染症で死ななくなったら、相対的にがん死亡率が上がってきたし、今や環境やライフスタイルの変化もがんの増加につながっている。また、がんの診断精度が上がったことも増加に影響を与えていると思われる。
平成18年度の悪性新生物の部位別死亡順位(厚生労働省人口動態統計)では、男性の1位が肺がんで、女性は直腸がんを含む大腸がんが1位。男女計では肺がんが1位である(図2)。
腫瘍は、命を脅かすことの少ない良性腫瘍と、命を脅かすことが多い悪性腫瘍に分けられるが、良性腫瘍は全て安心だということではなく、悪性腫瘍は全て危険ということでもない。危ない良性腫瘍(例:危険部位にできた脳腫瘍)もあれば、危なくない悪性腫瘍(例:分化の良い甲状腺がん)もある。悪性腫瘍には、上皮性悪性腫瘍という漢字で書かれる癌(癌腫)と、非上皮性悪性腫瘍という肉腫があり、これに白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などを加えて平仮名の“がん(悪性新生物)”と呼ぶ。上皮とは大気と接触する皮膚、鼻から肺までの気道、口腔から肛門までの消化管や肝臓、胆管、胆嚢、膵臓、膵管、泌尿器である腎臓、尿管、膀胱、尿道、そして子宮、腟、前立腺などの生殖器官、ホルモン分泌をする内分泌器官などに存在する組織である。上皮以外のところに非上皮とされる骨、筋肉や線維などがあり、ちなみに骨や筋肉の悪性腫瘍は、骨肉腫、筋肉腫などのように○○肉腫と呼ばれる。
がん細胞は外部から来るのではなく、もともと自分の細胞が遺伝子変化を起こし、細胞分裂・増殖するスピードが速くなり止まらなくなったものである。また、がんは元の臓器の働きや細胞の面影を残し、例えば、肝臓に転移した大腸がんは大腸細胞に似ている。成長が速く、正常細胞の栄養分を横取りし、浸潤、転移によって他臓器の働きを妨害して、ついに自分の体を衰弱させる。これが、「がんは悪性だ」といわれる決定的な理由である。がんの拡がりかたには4つあって、血液に入り込み遠くの臓器に移動する血行性転移、リンパ液に乗って遠くの臓器に移動するリンパ行性転移、臓器を突き破って胸水、腹水を伴い、胸腔や腹腔に拡がる播種性転移、そして隣の臓器に食い込んでいく局所浸潤というものがある。
発がんに対する一般の主婦とがんの専門家との意識の違いを調査した結果があるが、主婦の方々が発がんに関連すると思っているものを1位から3位まで順に挙げると、食品添加物、農業関連、たばこだという。ところが、がんの専門家によると、普段の食事、たばこ、ウイルスの順になり、発がんに関しては、普段の食生活とたばこが問題だということがお解りになるだろう。2004年の日本たばこ産業株式会社による調査でも、欧米の多くの国では30%を下回っているのに日本人男性の喫煙率は飛びぬけて高く46.9%だという。
1900年から1980年過ぎまで、米国の男性のたばこ消費量と肺がん発生の関係を示したグラフがあるが、たばこ消費量の増加曲線に約20年遅れて肺がんの発生増加が相関している曲線が示されており、ほとんど同じ形のカーブを描いている。これによって米国は禁煙運動をし、肺がんの発生を鈍らせることができたという。日本も学ばねばならないだろう。
現在、発がんの危険性が「確実」とされているものの代表はたばこだという。たばこは口腔、鼻腔、副鼻腔、咽頭、喉頭、食道、胃、肺、膵臓、肝臓、腎臓、尿路、膀胱、子宮頸部などのがんや、骨髄性白血病の危険性を高め、他人のたばこの煙(受動喫煙)も肺がんの危険性を高める。反対に、運動することは大腸がんの危険性を低くすることが「確実」とされている。発がんの危険性を下げるかもしれないものとして、食物繊維、大豆、魚、カロテノイド、ビタミン類、亜鉛の摂取などが挙げられ、発がんに関して、たばこは何ひとつ良いことはない。夫が1日に1〜19本の喫煙者の場合、非喫煙者に比べ妻の肺がんの危険性が1.7倍になり、1日20本以上の場合は2.2倍に高まり、受動喫煙も明らかに肺がんの危険性を高めるのだ。発がんの環境要因として、生物学的因子(ウイルス、細菌など)、物理学的因子(放射線、紫外線など)、化学的因子(たばこ、アスベスト、カドミウムほか多数)などが考えられている。
細胞の核の染色体にDNAがある。遺伝子とはDNAの塩基配列のうち、たんぱくを合成したりする情報を担う一定領域のことだが、このDNA上にある「がん遺伝子」とされる部分に先ほど紹介した環境要因が加わり「がん遺伝子」を活性化する。これはがん化に向かって自動車のアクセルを踏んだことになる。また「がん抑制遺伝子」とされる部分に働くと「がん抑制遺伝子」を不活性化する。これはがん化に向かってブレーキが効かないことになる。こうして正常細胞の「がん化」が加速するのだ。正常細胞は、いつかは死ぬようにプログラムされているが、がん細胞は代謝が活発で強く、元気なので簡単には死なない。それどころか正常細胞の栄養を横取りして早く成長するのである(図3)。
がんは遺伝するかどうか? がんは、いろいろな原因によって正常細胞の「がん遺伝子」や「がん抑制遺伝子」が変化した結果としてできる。この遺伝子の変化は生後の細胞(体細胞)に起こるのであり、生後の細胞(体細胞)に起こった遺伝子の変化は遺伝しない。したがって、多くのがんは遺伝しない。しかし、中には遺伝するがんもある。家族性大腸腺腫症から発生する大腸がんがあるが、家系内でがんの発生が認められる。乳幼児に発生する網膜芽細胞腫も遺伝するものがあるが、これらはがんのほんの一部だ。多くのがんは遺伝しない。遺伝すると思っているのは、遺伝と遺伝子を混同していることが原因であろう。
結局、発がんの最大要因は環境であり、遺伝が関係しているのはわずかである。現状において、すすめられるがん予防法というのがあり、それは、たばこを吸わない、他人のたばこの煙も避ける。適度な飲酒は良いが飲まない人は無理しない。定期的に運動して、体重は太りすぎず、痩せすぎず、食事はバランスよく、野菜は毎食、果物は毎日摂る。塩蔵食品は避け、塩分摂取は最小限に、熱い食べ物も避ける、ハム・ソーセージなどの保存肉は最小限に、肝炎ウイルス感染の有無を知り対策を立てる・・・などである。結局、偏らない食事、規則正しい生活、「がん」を知ることが基本だ。がんになりたくないならどうすればいいか? それは、遺伝子に負担をかけない良い環境で生活することなのだろう。
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