辻林一郎 会長
ガバナー補佐の藤井秀香様、本日はガバナー公式訪問のための事前訪問ありがとうございます。例会、そして例会終了後のクラブ協議会、よろしくお願いいたします。
約3週間、どうなっているのかと心配になるほどの猛暑が続いています。今日は少しましですが、熱中症対策を十分に心がけてください。また、「平成30年7月豪雨」義捐金箱をご用意させていただきました。ご支援をお願いします。
今日は、ロータリーソング「奉仕の理想」についてのお話をさせていただきます。
日本では、1920年(大正9年)10月に東京ロータリークラブが誕生し、続いて大阪、神戸、名古屋、京都、横浜、京城、大連、奉天、ハルピンと設立されました。例会での歌は、アメリカで歌われているロータリーソングを英語のまま歌っていたようです。
1930年(昭和5年)、神戸での地区大会において、奉天ロータリークラブの提案による「日本語によるロータリーソングを作ること」が採択されました。
一方、国際ロータリークラブ連合会会長が、「ロータリーは世界のロータリーであって、アメリカのロータリーでないと思う。なぜ日本語の歌を歌わないのか。」と説いて、日本語のロータリーソングを作ることを支援されたそうです。
1933年(昭和8年)、村田省蔵氏(大阪ロータリークラブが創立された時のチャーターメンバー)がガバナーに就任し、1934年(昭和9年)の名古屋での地区大会で、歌詞を公募して選考し作曲することを約束されました。
メンバーへの歌詞の募集が始まり、当時京都ロータリークラブの前田和一郎氏が応募し当選しました。作曲は、東京ロータリークラブに東京音楽学校(現在の東京藝術大学)教授であった萩原英一氏というピアニストが入会されていましたので依頼されました。「奉仕の理想」の誕生です。
1935年(昭和10年)、京都で第70区地区大会が開催され、当選した4作品が発表されます。その一つが「奉仕の理想」です。第一位となった「旅は道づれ」は、作曲の一部に盗作があったため、後に失格となり、第二位の「奉仕の理想」が、第一位に繰り上がりました。
奉仕の理想に 集いし友よ
御国に捧げん 我等の業
望むは世界の 久遠の平和
めぐる歯車 いや輝きて
永久に栄えよ 我等のロータリー ロータリー
ところが、この歌の作詞した前田氏の原詩は、「御国に捧げん」ではなく「世界に捧げん」だったのです。
当時の村田省蔵ガバナーは、国粋主義的な考えを持った愛国心の強い方であったようです。歌詞の中の「世界に捧げん」を「御国に捧げん」と変えなければ、当選は無効という通達を出されたのです。前田氏は泣く泣く変更を承諾した経緯があります。ロータリーの組織を守ろうとした策であったのかも知れません。また、この時代の背景を如実に物語っているようにも思えます。
前田氏は、亡くなる前「もしできることなら何時か原詩の「世界に捧げん」に戻していただければありがたい。」と遺言されていたようです。
ロータリーソングはロータリーの歴史をみても、親睦を深める手段の一つであります。80年間以上も例会などで歌い継がれています「奉仕の理想」は、自己の職業奉仕を通じて世のため、人のためになるように、世界平和が永遠に続くことを願っている歌詞であり、曲は厳粛な空気を醸し出しています。