岸和田東ロータリークラブ 国際ロータリークラブ第2640地区
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第1721回例会 1月20日(金)

『 トピック 』

【1月度 結婚記念日】

「仲睦まじい、長い結婚生活の秘訣は」

 西野公朗 会員


 結婚生活が長く続くのは当たり前のことなのです。私は10年前に心筋梗塞で倒れました。それから、私の家庭は主が家内です。会社の方もそうです。私はずっと監視されています。ロータリーの会にも夫婦で出席させて戴いていますから、仲の良い夫婦やなと思われています。中身は全然違います?。24時間監視付きです。先程、岩出会員とお話していましたらお孫さんと「焼き肉」を食べに行かれるそうです。岩出さんも私と同じで「肉」は駄目ですよね。ところが岩出さんの奥さんは送り出してくれるみたいですね。私とこは家内がついてきて、孫に「肉」を食べさせます。私は別の物を食べねばなりません。肉でも脂肪分の付いていない肉、「赤身の肉」は少し食べる事が許されます。それを炭火で焼きますと肉は「すかすか」になります。「てんぷら」もあきません。
 昨年の暮れ市民病院へ検査に行きましたら先生から塩分取りすぎですよと言われました。塩もあかん、市民病院から1ヶ月間の食事のメニューを戴いてきます。それに基づいてキチンと食事が作られますがストレスが溜まりすぎます。人から見て戴くと「仲が良い」と見られます。実態は大変なんですよ、でも私の健康を考えてくれる家内には大変感謝しています。


『 「ロータリークラブ」って 』 〆 野 淳 一 会員


 なぜポール・ハリスがロータリークラブを創立したのか、彼は米国の北東部にあるヴァーモント州のウォリングフォードという村で育ちます。ポール・ハリスは家庭に恵まれなかった。父親が仕事に失敗し、幼い頃から祖父母に育てられます。祖父母に可愛がられ、多くの友を得、素晴らしい自然の中で育ちます。やがて弁護士になり、故郷を遠く離れたシカゴで弁護士事務所を開業します。しかし親類や友人から離れ、結婚もしておらず非常に淋しい思いをします。彼の表現を借りると、“絶望的に淋しかった”と言います。弁護士をたずねる事件依頼人は、利欲のために大なり小なり嘘を言ってくる人々で、ポール・ハリスは純真な心の持ち主でありましたので、こうした人々ばかりを相手にしていることが非常に悲しく淋しかったのであります。彼はある日、シカゴ郊外の弁護士仲間を訪ねます。そして二人で夜、散歩をするのですが、その友人は町で会う人ごとにファーストネームで呼び合う、彼はそれを見てショックを受け、かつてウォリングフォードでの生活、皆が友人であり親しい仲間であったウォリングフォードの事を思い出す。又ある時、数人の市民と話し合う機会がありました。彼等は勝手に自分のホラを吹き、平気でコボシバナシをしています。ポール・ハリスがここで気がついたことは、彼等の職業がみんな違っているということでした。又、広いシカゴで田舎から出て来て友人がおらず淋しい思いをしている者が大勢いるに違いない、そういう人達で1業種1人という線で会員を集めれば、きっと楽しいクラブが出来ると確信し、1905年に最初のロータリークラブを結成しました。
 ロータリーの心と原点という本の中で、ロータリーの心を考えるとき、1番先に思うのは、ロータリーは友情を大切にする団体だということです。ロータリーは知人の集まりではなく、友人の集まりだと強調しております。お互いにロータリアンである限り、会員間の友情をぜひ大切にしたいものだと思います。ロータリーは暖かい友情が基本だと思うのです。只、ロータリーが友情だけの団体であれば今日の発展はなかったでしょう。同時にこれほど友情を大切にする団体でなければ今日の大発展は決してなかったと思います。又、ロータリークラブに集まる人々はいずれも事業家、職業人でありますから、話題といえば商売の話であります。しかし、1業種1人制は図に当たって会員は他人とは思えぬような親睦の間柄となり、お互いの恥を平気で話せる間柄のようになりました。そして困ったことは相談し合う、慰め合う、進んでお互いに助け合い、ついに会員同士の取引やサービスの提供となって、実利的にも便利な存在になりました。しかし、ここに1つの転機が来ました。それはアーサー・F・シェルドンの入会です。彼は経営学者で「こんな仲間の利益ばかり考えている会は永続しない。広く社会的に有用な団体となる立派な旗印が必要である」と考えました。
 そこで、当時のシカゴを見渡したところ、金の亡者の集まりで商業道徳は退廃し、被害は消費の側で防衛せよと公言して憚らぬ状態の修羅場になっておりました。しかしこうして破産倒産相次ぐ中にもなお、商売繁盛を続ける商家があるのに気づき、その秘密は相手の身になって励むことと見つけて「He Profits Most Who Serves Best」最もよく奉仕する者、最も多く報いられる。の標語を掲げました。また時を同じくしてフランク・コリンズが「Service Above Self」超我の奉仕を唱え、この二つが公式標語となってロータリーはサービス団体としての性格を明らかにしました。
 この結果、ロータリアンの職場はいずれも活気を取り戻し、着々と成功者も出て来ました。この職業奉仕によってロータリアンは大きな信念を持つことが出来るようになりました。この時、車輪のマークから相互扶助のギアのマークに変えました。
 すなわちこの相手の身になっての言動、すなわち奉仕の理想は単に職業の成功ばかりではなく、よりよい社会をつくるのに必要な信条であるということであります。職業の場ばかりでなく、家庭生活においても一般の社会生活においても、あらゆる生活の場にこの奉仕の理想を持って行動することが、住みよい社会をつくる道であり、これこそがロータリーの責任と名誉であると同時に、ロータリアンはそこの先達であり指導者であることを心に刻むようになったのであります。
 今やロータリーは単なる親睦団体でもなく、商売繁盛の相互扶助機関でもなく、奉仕の理想を中心として集まる同志の集団となったのであります。さて、このようにして高く掲げられた奉仕の理想は次第に世界中の実業家、専門家の共鳴するところとなり、今や200以上の国に34164クラブ、122万人以上の会員を擁する大組織となり、地球に陽の沈む時はあっても、ロータリーの例会のない時間はないと言われるようになりました。そして、世界の隅々に至るまで我々の同志が出来ましたので、おのずと国際理解に対して大きな役割を果すようになり、これを強調し組織化したものが国際奉仕であります。
 このようにロータリーは、はじめに親睦、友愛がありここから職業奉仕が生まれ、社会奉仕に成長し、それが広がって国際奉仕になったものであり、これを貫く思想を「奉仕の理想」と呼ぶようになりました。

ポール・ハリスの「ロータリーとは何か」という自問自答

 ロータリークラブとは何か、何千人のロータリアンに聞けば、何千通りの答えが返ってくるだろう。しかし、もしロータリーがより寛容で、より他の人の良さを認め、より他の人と親しく交わり、助け合うようにしてくれるなら、そして、人生の美しさと喜びを発散し伝えるようにしてくれるなら、それが我々が求めるロータリーのすべてである。それ以上、ロータリーに何を求めることがあろうか。と自問自答されております。
 ここに出てくる「寛容」の精神とは、あらかじめ失敗した時の許しを乞う。そういう意味で使っても悪くはないでしょうが、ポール・ハリスが考える「寛容」は彼にとって本当に重要なロータリーの心なのです。現在、毎年RI会長がその年度のモットーを提示します。ポール・ハリスの頃はそういう習慣がなかったのですが、彼のモットーは間違いなく「寛容」であった事でしょう。では、彼の寛容の精神はどういうものなのでしょうか。彼はヴァーモント州のウォリングフォードで育ちます。そこに住む人々は、宗教的にまた政治的に寛容であったと彼は言います。英国から宗教上の迫害を受け、米国に苦労して移り住んだ清教徒(ピューリタン)の子孫であります。おそらく、そこから寛容の精神が出て来たのでしょう。考えて見るとロータリアンは、皆が友達になり平和に暮らすことを望んでいます。どうしたらそういう状態が出来るのか、戦争は、お互いに寛容でないために起こる。それだけではないにしても、確かに重要な要素でしょう。彼の考える寛容は、そういう人間社会の基本にかかわる事であり、平和への道なのです。彼は人を非難する言動をできるだけ避けたと自分で言っています。ロータリーが大発展を遂げる、そのベースに寛容の精神があったからだと思います。
 そういう点で、今のロータリーを考えて見て下さい。又、私達の岸和田東ロータリークラブの将来のためにも寛容の精神をもって、より友情を大切にし、すばらしいクラブになりますよう皆様のご理解ご協力をよろしくお願い申し上げます。